体験記

行ける場所が消えていった日|普通電車にも乗れなくなったときのこと

2026年5月3日

できないことが、またひとつ増えました。

それは、
「普通電車に乗ること」でした。

最後の“安全圏”だったもの

それまでは、
普通電車だけは乗れていました。

特急や飛行機のように、
長時間閉じ込められるわけではない。

駅と駅の間も短い。

もし何かあっても、
数分待てば止まる。

そう思えることが、
唯一の支えでした。

いつもの朝

その日も、
特別なことは何もない朝でした。

いつもと同じ時間に家を出て、
いつもの駅へ向かう。

改札を通り、
ホームで電車を待つ。

これまで何度も繰り返してきた、
当たり前の流れです。

小さな違和感

電車を待っているとき、
ふとした違和感がありました。

理由は分かりません。

ただ、
ほんの少しだけ、落ち着かない。

そのとき、
一つの考えが浮かびました。

「もし、乗れなかったらどうしよう」

広がる不安

その一言をきっかけに、
空気が変わりました。

まだ何も起きていないのに、
体が反応し始めます。

少し息苦しい。

落ち着かない。

電車が近づいてくる音が、
いつもより大きく感じる。

乗れないという現実

ドアが開きました。

目の前に、
いつもと同じ電車。

それなのに、
足が動きませんでした。

乗ろうと思っても、
一歩が出ない。

「無理だ」

そう思った瞬間、
完全に動けなくなりました。

電車は発車しました。

ホームに残されたまま、
その後ろ姿を見ていました。

「なぜ乗れないのか」

理由は分かりません。

ただ、
できなかったという事実だけが残りました。

崩れていく前提

それまで、
「普通電車なら大丈夫」という前提で
生活を組み立てていました。

その前提が、
一瞬で崩れました。

移動手段が、
ほとんどなくなりました。

車は使えない。
電車も乗れない。

残るのは、徒歩だけ。

生活の再構築

妻と相談し、
職場の近くに部屋を借りることにしました。

通勤できることを最優先にした選択でした。

物件を選ぶ余裕はありません。

すぐに入れる場所。
それだけで決めました。

都心の古いアパート。

家賃は決して安くはありません。

それでも、
中に入ると、

壁は薄く、
設備も古く、

決して快適とは言えない環境でした。

車は維持できなくなり、
妻の実家に預けました。

行動範囲が広がる手段を、
自分で手放した形になりました。

狭くなる世界

生活は、
急激に小さくなりました。

外出は、
歩いて行ける範囲だけ。

それも、
必要なときだけ。

できれば外に出たくない。

そんな気持ちが強くなっていきました。

以前は、
移動することに何の抵抗もありませんでした。

むしろ、
どこへでも行けることが当たり前でした。

それが今では、

「行ける場所を探す」

という状態に変わっていました。

振り返って思うこと

この頃は、
何かに挑戦するというよりも、

「これ以上崩れないようにする」

それだけで精一杯でした。

普通にできていたことが、
ある日突然できなくなる。

それは、
思っていた以上に大きな変化でした。

この状態のままでは、
生活を続けることは難しい。

そう感じながら、
改めて病院と向き合うことになります。

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