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はじめに
認知行動療法を始めた当初、心理士さんと一緒に「不安階層表」を作成しました。
不安の小さいものから順番に並べていき、少しずつ挑戦していくための表です。
各駅停車、快速電車、新幹線、飛行機――。
少しずつ段階を上げながら、私は長い時間をかけて乗車トレーニングを積み重ねてきました。
そして、その不安階層表の“最上段”に書かれていたもの。
それが、
「飛行機での沖縄出張」
でした。
当時の私は、その項目に「不安度100」と書きました。
しかし、今振り返ると、100という数字では足りなかった気もします。
むしろ「無限大」に近い感覚でした。
沖縄という“島”。
飛行機でしか行けない距離。
途中で降りられない閉鎖空間。
仕事での長期滞在。
逃げ道が無い感覚。
認知行動療法を始めた頃の私にとって、それは「想像しただけで発作が起きそうな世界」だったのです。
それでも、各駅停車から始まったトレーニングを積み重ね、快速、新幹線、飛行機へと段階的に進めてきました。
羽田―札幌便も経験し、「飛行機に乗る」という行為自体への恐怖は、以前より確実に小さくなっていました。
だからこそ、今が挑戦するタイミングなのではないか。
そう考えるようになったのです。
“不安が消えてから挑戦する”は、一生来ない
沖縄出張の日程は、2018年4月16日〜20日。
出張が決まってからというもの、当然ながら予期不安は何度も襲ってきました。
ただ、以前の私と違ったのは、
「不安をゼロにしてから行こう」
ではなく、
「不安を抱えたままでも進もう」
と考えられるようになっていたことでした。
認知行動療法を続ける中で、私はようやく理解し始めていました。
不安は、“完全に消してから行動するもの”ではない。
不安を抱えたまま行動し、その経験によって脳を書き換えていくものなのだと。
もちろん、頭では理解していても、感情は簡単ではありません。
出張が近づくにつれ、何度も不安が顔を出しました。
3月28日――「飛行機の閉塞感」が怖い
最初に強く意識したのは、機内の閉塞感でした。
円筒形の機体。
自由に逃げられない空間。
ドアが閉まり、空へ上がっていく感覚。
昔の私は、その状況を想像するだけで強い恐怖を感じていました。
私は対策を考えました。
もし窓側席になったら、通路側へ変更してもらえばいい。
閉塞感が怖いなら、“閉塞感を減らす工夫”をすればいい。
そして、さらにこう考えるようにしました。
「今回どうしても無理なら、パニック障害であることを職場に伝えて、今後の働き方を考えればいい」
以前の私は、
「絶対に失敗してはいけない」
と自分を追い込んでいました。
しかし、この頃になると、
「失敗したとしても人生は終わらない」
という逃げ道を、自分に許可できるようになっていたのです。
すると、不思議と気持ちが少し軽くなりました。
さらに、
「2時間半なら、長い会議やセミナーと同じくらいだ」
と考えるようにもしました。
“飛行機”として考えると怖い。
でも、“2時間半座っているだけ”と考えると、少し現実的になる。
認知の切り替えとは、こういうことなのだと思いました。
4月4日――理由の無い強い予期不安
この頃になると、理由が明確ではない不安も増えてきました。
突然ザワザワする。
落ち着かない。
沖縄という言葉を思い出すだけで緊張する。
「何が怖いのか」と聞かれても、うまく説明できない。
それでも不安だけは確かに存在する。
パニック障害では、こういう状態がよくあります。
この日は、かなり極端な考え方もしていました。
もし機内で本当に耐えられなくなったら、
「胸が痛い」
「呼吸が苦しい」
と訴えて緊急着陸してもらえばいい。
もちろん、実際にそんなことを望んでいるわけではありません。
ただ、“完全に逃げ場が無い”と思うと人は追い詰められるため、
「最悪の場合でも方法はある」
と思えるだけで、人間は少し落ち着けるのです。
そして同時に、私はこうも感じていました。
「この問題は、そろそろ本気で決着をつけた方がいい」
と。
ここまで長い時間をかけて認知行動療法を続けてきました。
各駅停車にも乗れなかった頃から考えれば、今の自分は信じられないくらい前へ進んでいます。
だからこそ、ここで沖縄から逃げ続けるのか、それとも挑戦するのか。
自分の中で、大きな分岐点に来ている感覚がありました。
4月8日――妻の言葉で気づかされたこと
この頃、私は妻にも予期不安を打ち明けていました。
すると妻は、こんなことを言いました。
「これまでの飛行機トレーニングの成功体験、ちゃんと活きてる?」
その言葉に、ハッとしました。
確かに、私は飛行機に対して何度も不安を感じてきました。
伊丹―羽田間のトレーニング
羽田―札幌間のトレーニング
そのたびに、搭乗前には苦しみました。
でも、結果として――
「乗れなかったこと」は、一度も無かったのです。
私はいつの間にか、
“過去に成功した経験”
よりも、
“まだ起きていない未来の不安”
ばかりを見ていました。
そこで、意識的に成功体験を思い出すようにしました。
乗る前は苦しい。
でも、乗ってしまえば何とかなる。
これは、これまで何度も経験してきた事実です。
不安は嘘をつく。
しかし、成功体験は嘘をつかない。
そう思うようにしました。
出発前に疲弊しなかったことが、大きな前進だった
正直に言うと、私はもっと苦しむと思っていました。
もっと頻繁に予期不安が襲い、
もっと疲弊し、
出発前に心が折れてしまうかもしれないと思っていました。
しかし実際には、不安はありながらも、
“出発当日まで持ちこたえる”
ことができたのです。
これは、以前の私には難しかったことでした。
以前は、出発前に不安を考え続け、脳内シミュレーションを繰り返し、自分で自分を疲弊させていました。
しかし今回は、
「今考えても意味が無い」
「必要以上に先回りしない」
「当日の自分に任せる」
という考え方が、少しずつできるようになっていました。
不安を完全に消そうとしない。
不安を“先送り”する。
これは逃避ではなく、認知行動療法の中で身につけた重要な技術だったと思います。
おわりに
各駅停車から始まった私の認知行動療法。
快速電車 → 新幹線 → 飛行機
そして今、ついに“不安度100”だった沖縄出張に挑戦しようとしています。
もちろん、まだ不安はあります。
それでも昔と違うのは、
“不安があっても前へ進める”
という感覚を、少しずつ身につけ始めていることです。
必要な準備をしたら、あとは考えすぎない。
不安を相手に戦い続けるのではなく、注意を別へ向けながら、前へ進んでいく。
認知行動療法とは、そういう地道な積み重ねなのだと思います。
次回は、いよいよ不安階層表の最難関――
「沖縄出張当日」
について書きたいと思います。
