Contents
はじめに
認知行動療法を始めた頃、私は心理士さんと一緒に「不安階層表」を作成しました。
各駅停車から始まり、快速電車、新幹線、飛行機へ。
少しずつ段階を上げながら、「今の自分でも何とか挑戦できそうなもの」を積み重ねていく方法です。
そして、その不安階層表の最上段。
最難関として記載していたものが、
「飛行機での沖縄出張」
でした。
認知行動療法を始めたばかりの頃は、「沖縄出張に挑戦する自分」を想像しただけで動悸がしていたほどです。
しかし、認知行動療法で段階的に成功体験を重ねてきた今、
ついに、その最難関へ挑戦する日がやってきました。
羽田空港で感じた緊張感
出発当日。
以前の私であれば、空港へ向かう段階で既に疲弊していたと思います。
しかしこの日は、緊張感こそあったものの、極端な混乱状態にはなっていませんでした。
もちろん、不安がゼロだったわけではありません。
羽田空港ターミナルに到着し、出張者全員分の荷物がまとめてカーゴ側へ運ばれているのを知った時、
「いよいよ本当に行くんだ」
という現実感が一気に押し寄せ、強い緊張感が走りました。
さらに、搭乗のため行列に並んだ時も、かなり心拍数が上がっていたと思います。
ただ、ここで昔のように「逃げたい」という感覚一色にはなりませんでした。
これまでの認知行動療法で積み重ねてきた経験が、頭の中に残っていたからです。
私は自分に言い聞かせました。
「これまで、乗ってしまえば何とかなってきた」
「搭乗前の不安が最大なのは、いつものパターンだ」
「本当にダメなら体調不良を申し出ればいい」
「想像だけで負けたくない」
先のことは考えず、“今ここ”だけを見ようと努めました。
「実況中継」が大きな助けになった
今回、特に効果的だったのが、妻とのLINEでした。
搭乗後、私は妻へLINEを送りながら、自分の状態を“実況中継”するようにしていました。
これは後から振り返ると、とても大きかったと思います。
パニック障害の不安は、頭の中だけで考え始めると暴走しやすいのです。
しかし、言葉として外へ出すと、自分を客観視できるようになります。
「今、自分は不安を感じている」
「でも、まだ普通に座れている」
「まだ冷静に文章を書けている」
そうやって、自分の状態を一歩引いて観察できる感覚がありました。
昔と違って、機内Wi-Fiが利用できたことも、心理的な安心感につながったと思います。
以前なら、
「飛行機に乗ったら外界と遮断される」
という感覚そのものが恐怖でした。
しかし今回は、“地上とのつながり”を感じられたことで、閉塞感がかなり軽減されていました。
機内で実践した“不安から注意をそらす工夫”
機内では、とにかく“不安だけを見続けない”ことを意識しました。
これは、認知行動療法の中で繰り返し学んできたことです。
不安を完全に消そうとすると、逆に不安へ意識が集中してしまいます。
だからこそ、
「不安を抱えたまま、別のことに注意を向ける」
ことが重要でした。
今回の機内で役立ったものは、以下のようなものでした。
歴史小説(北方謙三先生の水滸伝と楊令伝)
スマホ(LINE、ゲーム、YouTube)
マスク(周りを気にせず呼吸法や筋弛緩法)
アイマスク(スマホで疲れた目をリラックス)
GABAチョコ(チョコが好き)
炭酸水(リフレッシュ)
手帳(メモを書き続けることで自分の状態を客観視)
こうして並べると、大げさに見えるかもしれません。
しかし当時の私にとって、これらは単なる“持ち物”ではありませんでした。
「安心材料」
だったのです。
もちろん、将来的には“お守りグッズ”を減らしていくことも必要なのかもしれません。
しかし、この時の私にとって重要だったのは、
「乗ること」
でした。
完璧な形で克服することよりも、まず成功体験を積み重ねること。
その優先順位で考えるようにしていました。
気づけば“あと30分”
飛行機に乗る前、私は「2時間半」という時間をとてつもなく長く感じていました。
しかし実際には、機内で本を読んだり、スマホを見たり、メモを書いたりしているうちに、時間感覚が大きく変わっていきました。
メモを書いていた時、
「沖縄到着まであと30分ほどです」
というアナウンスが流れました。
その瞬間、私は驚きました。
「もう、そこまで来ているのか」
と。
そして、不安よりも先に、
「少し眠いな」
という感覚が来たのです。
これは、自分にとってかなり衝撃的でした。
以前なら、飛行機の中では常に緊張状態でした。
しかし今回は、途中から普通にリラックスできていたのです。
しかも、以前あれほど恐れていた“飛行機の閉塞感”も、ほとんど気になりませんでした。
認知行動療法によって、
「飛行機=危険」
という脳の誤学習が、少しずつ修正され始めていたのだと思います。
着陸遅延すら平気だった
さらに驚いたのは、着陸前でした。
沖縄到着は、予定より20分ほど遅れました。
以前の私なら、
「到着が延びる」
というだけで強い不安になっていたと思います。
しかしこの時は、むしろ眠気の方が強かったのです。
「あれだけ恐れていた飛行機で、眠くなるほど落ち着いている」
この変化は、自分でも信じられませんでした。
そして沖縄到着後、もうひとつ大きな変化に気づきました。
以前は、
「沖縄は陸路で帰れない」
ということ自体が恐怖でした。
しかし今回は、
「飛行機が大丈夫なら、沖縄にいること自体は怖くない」
と思えたのです。
これは、単に“沖縄へ行けた”というだけではなく、
「飛行機そのものへの恐怖が大きく軽減した」
ことを意味していました。
復路で起きた“機材トラブル”
もちろん、全てが順調だったわけではありません。
復路では、機材故障によって出発が3時間遅延しました。
しかも、代替機材は“狭い機材”になるとの説明。
以前の私なら、ここで一気に不安が爆発していたと思います。
閉塞感
拘束時間の延長
疲労
腰痛
あらゆる不安要素が揃っていました。
しかし実際に乗ってみると、意外にも座席は快適でした。
「乗る前に想像していた苦しさ」と、
「実際の現実」
が違っていたのです。
そして飛行機が離陸すると、私はすぐ眠ってしまいました。
気づいた時には、もう着陸態勢でした。
昔、パニック障害になる前の私は、飛行機でよく眠っていました。
その感覚が、少し戻ってきた気がしました。
“完全克服”ではなく、“前へ進んだ”という実感
もちろん、これで全て解決したわけではありません。
予期不安は残っています。
長距離移動は疲れます。
年齢とともに体力面の負担も増えています。
そして、身体の疲労はメンタルにも影響します。
だからこそ、この頃から私は、
「メンタルだけではなく、フィジカル面の管理も大事なのではないか」
と考えるようになりました。
睡眠
体力
疲労管理
こうした土台が、パニック障害にも影響していると感じ始めていたのです。
おわりに
認知行動療法を始めた頃、私は各駅停車にも乗れませんでした。
ホームで引き返し、
乗るか降りるかで何十分も悩み、
電車に乗るだけで疲弊していました。
そんな私が今、
“不安階層表の最難関”
だった沖縄出張を達成できた。
これは、自分にとって非常に大きな意味を持つ出来事でした。
もちろん、まだ完全ではありません。
しかし、
「人は少しずつ変われる」
ということを、私は身をもって実感しました。
各駅停車から始まった認知行動療法。
快速
新幹線
飛行機
そして沖縄
一歩ずつ積み重ねてきた成功体験は、確かに自分を前へ進めてくれていたのです。
