前回の記事では、北海道出張を経験しました。
沖縄出張を達成し、飛行機にもかなり自然に乗れるようになっていた時期です。
北海道へ向かう飛行機の中では、歴史小説を読み、そのまま眠ることもできました。
一方で、現地ではスピーチという別の課題にも向き合いました。
この時点では、私は自分の認知行動療法が後退しているとは思っていませんでした。
むしろ、
「飛行機は、かなり大丈夫になった」
という実感のほうが強かったのです。
ところが、その後に大きな変化が起こります。
2020年の年末年始、久しぶりに実家へ帰省することになりました。
出発前までは、今回も普通に飛行機に乗れると思っていました。
しかし、実際に飛行機に乗ってみると、これまでとは違う経験をすることになります。
そして私は、帰りの飛行機を避けることを選びました。
出発前までは、驚くほど順調だった
今回の帰省で、自分でも意外だったのは、出発前の予期不安がほとんどなかったことです。
以前は、飛行機に乗る予定があるだけで、何日も前からそのことばかり考えていました。
ところが、このときは違いました。
自宅でも普通に過ごし、羽田空港へ向かいました。
空港ではランチを食べ、出発ゲートを通り、機内へ。
ここまで、とても順調でした。
「本当に回復してきたのかもしれない」
そんな感覚さえありました。
機内ではWi-Fiも使えたので、妻とLINEをしながら過ごしていました。
妻には、
「機内座席につきました。もうすぐ出発します」
と送っています。
この時点では、本当にいつもと変わらない感覚でした。
ところが、離陸してから状況が変わった
これまでの私は、
「搭乗前は不安だけれど、乗ってしまえば落ち着く」
というパターンが多くありました。
ところが今回は違いました。
離陸してしばらく経ってから、突然、不安が出てきたのです。
しかも、それまでとは少し違う感覚でした。
私は妻に、
「珍しく、離陸してしばらく経ってから高所恐怖症みたいな強い不安を感じました」
とLINEしました。
飛行機が高い場所を飛んでいることを強く意識し、
「地上から離れている」
「今は簡単には降りられない」
という感覚が一気に強くなりました。
頭の中には、
「もう無理だ」
という言葉が浮かびました。
「ここから逃げたい」という感覚
このとき、一番つらかったのは、
「ここから逃げ出したい」
という感覚でした。
もちろん、実際に騒いだりしたわけではありません。
ただ、
「今すぐ着陸してほしい」
「できることなら降りたい」
という気持ちが強く出てきました。
私は、とりあえず席を立ってトイレへ向かいました。
少しでも環境を変えたかったのです。
そして、持っていた薬も使いました。
しかし、このときは、いつものように落ち着く感じがありませんでした。
それが、さらに不安につながりました。
これまで、
「これをすれば少し落ち着ける」
と思っていた方法が、今回は思うように効かない。
それが、私にとって大きなショックでした。
まだ札幌に着いていないのに、帰りのことを考え始めた
このとき、私は妻に何度もLINEを送りました。
「今の体験がかなり苦しい」
「帰りはどう帰ろうか不安」
「搭乗までは好調だったのに悔しい」
そんなことを書いていました。
まだ札幌へ向かっている途中です。
それなのに、頭の中ではすでに、
「帰りの飛行機に乗れるのだろうか」
と考え始めていました。
今の私から振り返ると、ここが大きなポイントだったと思います。
その時点で起きていることだけではなく、
「また同じことが起きたらどうしよう」
という未来のことまで考え始めていました。
すると、まだ起きていない帰りの出来事まで、不安の対象になっていきました。
それでも、何とか札幌までたどり着いた
青森上空。
「あと23分」。
苫小牧上空。
そして降下開始。
途中で揺れもあり、再び不安が出てきました。
何度も気持ちが揺れましたが、それでも私は飛行機から降りることなく、札幌までたどり着きました。
妻へ送った最後のLINEには、
「本当にしんどい1時間半だったけど、なんとか異常行動を起こすことなく、他人目には普通に終わりました」
と書きました。
周囲から見れば、私は普通に座って飛行機に乗っていただけです。
しかし、自分の中では必死に時間をやり過ごしていました。
この、
「外からは普通に見えていても、自分の中では大きな出来事が起きている」
という感覚は、私にとって印象に残っています。
札幌に着いてから、帰りの飛行機が気になり始めた
問題は、札幌に到着してからでした。
今回の経験によって、
「搭乗前は大丈夫でも、飛んでから不安になることがある」
という新しい経験をしてしまったからです。
これまでは、
「乗る前を乗り越えれば大丈夫」
という感覚がありました。
ところが今回は、そのパターンが崩れました。
搭乗前には普通に過ごせていた。
それなのに、離陸後に不安が出てきた。
すると、
「次も同じことが起きるかもしれない」
と考えるようになります。
帰りの飛行機について、少しずつ気持ちが重くなっていきました。
強気と弱気を行ったり来たりした
12月29日。
私は父と外出しました。
表面的には普通に過ごしていましたが、頭の中では帰りのことを考えていました。
「飛行機に乗れるだろうか」
「いや、無理なのではないか」
「でも、元旦になれば気持ちが変わるかもしれない」
「やっぱり無理かもしれない」
そんな考えが何度も行ったり来たりしました。
妻にも、
「強気と弱気を、1日のうちに行ったり来たりしている」
とLINEしています。
今振り返ると、決断できないというより、
「どうすればいいのか、自分でも分からなくなっていた」
という状態だったのだと思います。
ついに、布団から出られなくなった
そして12月30日。
私はかなり疲れていました。
布団から出られなくなったのです。
頭痛
倦怠感
風邪のような症状
実際に体調を崩していた可能性もあります。
ただ、それまで何日も帰りの飛行機について考え続けていたことで、精神的にもかなり消耗していたのだと思います。
妻には、
「今は“落ちない”のが精一杯」
と送りました。
元気になることを考える余裕はありません。
ただ、
「これ以上悪くならないようにする」
ことで精一杯でした。
「飛行機では帰らない」と決めた瞬間、気持ちが楽になった
そして12月31日。
私は、飛行機では帰らないと決めました。
北海道新幹線も混雑していて、交通手段を調べるだけでも疲れました。
それでも、
「もう限界だ」
と判断し、飛行機ではなく新幹線で帰ることにしました。
すると、不思議なことが起きました。
飛行機を回避すると決めた瞬間、
気持ちが一気に楽になったのです。
これは、今振り返っても非常に印象に残っています。
あれほど苦しかったのに、
「飛行機に乗らなくていい」
と決まっただけで、気持ちが軽くなったのです。
「回避すると楽になる」という経験
この経験から、私は回避行動について強く意識するようになりました。
私の場合、
「飛行機に乗らなくていい」
と決めた瞬間には、大きな安心感がありました。
それだけ、そのときの負担が大きかったということでもあります。
一方で、その後を振り返ると、
「避ければ楽になる」
という経験を自分自身が強く学習してしまったようにも感じました。
それまで積み重ねてきた、
「乗ってみたら大丈夫だった」
という経験とは、反対方向の経験になったのです。
だから私は、この出来事をきっかけに、
「回避によって得られる安心には、その後の自分に影響する面もある」
と実感するようになりました。
これは、私にとって大きな気づきでした。
帰りは特急と新幹線を乗り継いだ
1月1日。
私は飛行機ではなく、特急と新幹線を乗り継いで東京へ向かいました。
ところが、こちらも簡単ではありませんでした。
停車するたびに、
「降りたい」
という気持ちが出てきます。
函館で乗り換え、青函トンネルを通ります。
以前なら何とも思わなかった移動が、このときは大きな挑戦になっていました。
飛行機を避けたからといって、すぐにすべてが楽になったわけではありません。
むしろ、移動そのものに対する不安が広がっているように感じました。
青函トンネルで意外なことが起きた
そんな中、青函トンネルで少し気持ちが変わる出来事がありました。
隣の乗客の乗車態度が気になり、私はかなり腹を立てました。
すると、その怒りのほうが不安より強くなり、しばらく不安を意識しなくなったのです。
今振り返ると、少し皮肉な出来事でした。
ただ、同時に、
「これは再現できる方法ではないな」
とも思いました。
「隣の人に腹を立てれば不安が消える」
というわけにはいきません。
一時的に別の感情が強くなっただけです。
だからこそ、
「これをすれば大丈夫」という方法だけに頼るのではなく、別の考え方が必要なのではないか
と感じるようになりました。
「これをすれば大丈夫」が崩れた
それまでの私は、
呼吸法
五感法
筋弛緩法
薬
妻とのLINE
手帳
いろいろな方法を使ってきました。
そして、それぞれが自分を支えてくれていました。
ところが今回、
「これをやれば大丈夫」
という感覚が崩れました。
何か一つの方法を使えば必ず安心できる、というわけではない。
そのことを、身をもって経験したのです。
これは苦しい経験でした。
しかし、後から考えると、
「不安を完全になくすための方法を探す」こととは別の考え方が必要だった
ということに気づくきっかけにもなりました。
一度積み上げたものが「ゼロに戻った」と感じた
東京へ戻ったあと、私はそれまでの成功体験が、
「全部ゼロに戻ってしまった」
ように感じました。
各駅停車から始めて、
快速電車
新幹線
飛行機
そして沖縄出張
長い時間をかけて積み重ねてきたものです。
それなのに、たった一度飛行機を回避したことで、
「また最初からやり直しなのではないか」
と思ってしまいました。
ただ、今振り返れば、本当にゼロになったわけではありません。
各駅停車に乗った経験も、
新幹線に乗った経験も、
飛行機に乗った経験も、
沖縄へ行った経験も、
なくなったわけではありません。
当時はそれを実感できませんでしたが、過去にできたことは、回避した一度の経験によって消えてしまうものではありませんでした。
「後退した」からこそ、もう一度やり直すことになった
この帰省を境に、私の認知行動療法は明らかに変わっていきました。
一度できるようになった飛行機を、再び避けるようになった。
そして、その影響は飛行機だけにとどまりませんでした。
やがて、電車に乗ることにも影響が出てきます。
最終的には、
「各駅停車にも乗れない」
というところまで戻ってしまいました。
しかし、それは認知行動療法が完全に失敗したということではありませんでした。
むしろ、この経験があったからこそ、
「もう一度、小さなところからやり直す」
という次の段階へ進むことになります。
おわりに|回復は一直線ではなかった
各駅停車から始めた認知行動療法。
快速電車
新幹線
飛行機
そして沖縄出張
私は確かに、一度はかなり遠くまで進むことができました。
だからこそ、今回の帰省で飛行機を避けたことは、自分にとって大きなショックでした。
「もう大丈夫だと思っていたのに」
「ここまでやってきたのに」
そんな悔しさもありました。
しかし、今振り返ってみると、この経験もまた私の認知行動療法の一部です。
できるようになったことが、再び難しくなることがある。
そして、そこからもう一度やり直すこともある。
私の経験では、回復は一直線ではありませんでした。
この後、私は本当に各駅停車から、もう一度トレーニングを始めることになります。
次の記事では、飛行機の回避をきっかけに、再び電車にも乗れなくなっていった時期と、そこからどうやって立て直していったのかを書いていきます。
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