これまでの認知行動療法では、各駅停車、快速電車、新幹線こだま、快速急行、そしてロマンスカーと、少しずつ乗車できる範囲を広げてきました。
「次の段階にも進めるかもしれない」
そう思えるほど、トレーニングは順調でした。
しかし、今回は違いました。
新宿から町田まで、約30分間ノンストップの特急に挑戦したところ、私は乗車直前で足が止まり、挑戦を回避してしまったのです。
これまで積み重ねてきた成功とは反対の結果でした。
私にとって、認知行動療法を始めてから初めて経験した、はっきりとした「挫折」です。
ただ、後から振り返ると、この日の経験は失敗だけではありませんでした。
回避したときに自分の中で何が起きるのか。そして、回避した後でも、これまでの成功をどう取り戻せるのか。
それを実際に経験できた一日でもありました。
次の課題は「30分ノンストップ」
今回のトレーニングメニューは、新宿から町田まで約30分間ノンストップの特急に乗ることでした。
これまで挑戦してきた電車よりも、明らかに一段階上の課題です。
途中で簡単に降りることができない時間が、これまでより長くなります。
それまでのトレーニングでは、少しずつですが着実に乗車時間を延ばしてきました。
そのため、
「そろそろ30分にも挑戦できるのではないか」
と考えていました。
ところが、今回は一つ問題がありました。
1か月以上、トレーニングの間隔が空いていた
前回のトレーニングから、1か月以上の間隔が空いていました。
頭では、
「間隔が空けば、不安が戻るかもしれない」
と分かっていました。
それでも、日常生活の忙しさや体調などを理由に、トレーニングを先延ばしにしてしまいました。
そして迎えた当日。
新宿までは問題なく来ることができました。
ところが、特急券を買う段階になると、はっきりとした不安が出てきました。
胸の奥がざわつきます。
「今日はやめたほうがいいのではないか」
そんな考えが浮かんできました。
それでも、すぐには諦めなかった
ここで帰ってしまえば、トレーニングそのものを中止することになります。
私は、
「ここで引き返したら、また一歩後退してしまう」
と考えました。
そこで、予定していた電車より一本遅い特急の特急券を購入しました。
「少し時間を取って、気持ちを整えてみよう」
と考えたのです。
これは、当時の私なりの工夫でした。
すぐに乗るのではなく、少し時間を置く。
その間に気持ちを落ち着けて、もう一度挑戦する。
まだ、この時点では乗るつもりでした。
ホームに立っているだけで消耗していく
一度、地上に出て休憩しました。
外の空気に触れ、少し気を紛らわせようとしました。
街頭演説の声が聞こえてきました。
その内容について考えている間は、不安が少し和らぎました。
「これなら大丈夫かもしれない」
そんな感覚もありました。
しかし、ホームに戻った瞬間、不安が再び強くなりました。
さっきまで考えていたことが嘘だったかのように、気持ちが戻ってしまいます。
「やっぱり無理かもしれない」
まだ電車に乗っていないのに、すでに疲労感がありました。
このとき初めて、
乗る前の「待っている時間」そのものが、自分にとって大きな負荷になっている
ことを実感しました。
条件は揃っていた。それでも乗れなかった
やがて、挑戦する予定だった特急がホームに入ってきました。
始発だったため、ドアは開いたままです。
しかも、10分以上乗車する時間がありました。
今振り返っても、条件としてはかなり良かったと思います。
座れる
すぐには発車しない
乗車してから落ち着く時間がある
途中でどうしても無理なら対処する余地もある
頭では、
「乗れば落ち着くはず」
と分かっていました。
「ここで回避したら、また不安が強くなるかもしれない」
ということも分かっていました。
それでも――
乗れませんでした。
電車は目の前にあります。
ドアも開いています。
乗ろうと思えば、すぐに乗れます。
それなのに、身体が動きませんでした。
「分かっているのに、できない」という感覚
このときの経験は、私にとって非常に印象に残っています。
頭の中では、何をすればいいのか分かっていました。
これまでのトレーニングで、
「不安が出ても、そのまま乗ればいい」
という経験も積んでいました。
それでも、実際の場面になると身体が動きませんでした。
認知行動療法を続けていれば、いつでも順調に進める。
私は、どこかでそんなふうに考えていたのかもしれません。
しかし、現実は違いました。
できるようになったことがあっても、毎回同じようにできるわけではない。
それを、この日初めて実感しました。
「今日は復習でいい」という考えが浮かんだ
乗車できないまま時間が過ぎていきます。
そこで、一つの考えが浮かびました。
「今日は、すでに成功している区間を復習すればいいのではないか」
一見すると、合理的な判断に思えます。
無理に30分の特急に乗らなくても、これまで乗れていた快速急行に乗ればいい。
完全に何もしないわけではありません。
しかし、後から振り返ると、これは回避を正当化するための考えだったと思います。
私はそのまま特急を見送り、快速急行のホームへ向かいました。
回避した直後は、楽になった
快速急行に乗ると、不安はほとんどありませんでした。
それどころか、
「助かった」
という安堵感がありました。
さっきまであれほど緊張していたのに、乗ってしまえば何の問題もありません。
そこで、回避には一つの特徴があることを実感しました。
回避すると、その瞬間は楽になります。
乗らなくていい。
怖いことをしなくていい。
その場から離れることができる。
だからこそ、回避したくなるのだと思います。
しかし、安堵の裏側には自己嫌悪があった
一方で、気持ちは楽になっただけではありませんでした。
「逃げた」
「またできなかった」
そんな自己嫌悪も出てきました。
頭では、
「これはよくないパターンだ」
と分析できています。
それでも、感情は簡単には切り替わりません。
このとき私は、
「回避すると楽になる」という感覚と、「回避したことを後悔する」という感覚が同時に存在する
ことを経験しました。
これは、今回のトレーニングで得た大きな気づきの一つでした。
快速急行では、不安ではなく「緊張が抜けた感覚」だった
快速急行に乗った後、下北沢から新百合ヶ丘までの無停車区間を移動しました。
以前なら、こうした区間も不安の対象でした。
しかし、この日は違いました。
「長いな」と感じることはありましたが、不安というよりも、緊張が抜けた後のぼんやりした感覚でした。
それまでのトレーニングで、私自身が変化している部分も確かにあったのです。
30分の特急には乗れなかった。
だからといって、これまでできるようになったことまで全部なくなったわけではありません。
帰りは、もう一度ロマンスカーに挑戦した
ここで私は、帰りの行動について考えました。
30分の特急を回避したうえに、帰りまで何もしなければ、今日一日が「できなかった」という経験だけで終わってしまいます。
そこで、新百合ヶ丘から新宿まで、ロマンスカーに乗ることにしました。
ロマンスカーは、以前にクリアしたことのある区間です。
特急券を購入するときも、不安はほとんどありませんでした。
むしろ、
「座れる」
「早く落ち着きたい」
という気持ちのほうが強かったと思います。
「さっき乗れなかったからこそ、ここは乗る」
ホームで待っていると、入線のアナウンスが聞こえてきました。
その瞬間、一度だけ不安が出ました。
しかし、今回はそこで引き返しませんでした。
私は、
「さっき乗れなかったからこそ、ここは乗る」
と決めていました。
そして、ロマンスカーに乗車しました。
座席に座ると、気持ちは安定してきました。
少なくとも、
「今日のトレーニングは全部失敗だった」
という状態からは、抜け出すことができました。
あえて「逃げられない」と考えてみた
ロマンスカーに乗った後、私は少し変わったことを試してみました。
座席に座り、ある程度落ち着いてから、
「今、逃げられないよ」
と、あえて自分に問いかけてみたのです。
すると、不安が出てきました。
すぐにやめました。
しかし、数分後、もう一度試してみました。
今度は――
何も起きませんでした。
「別に降りる必要はない」
そんな感覚が自然に出てきました。
これは私にとって、とても興味深い経験でした。
「途中で降りられない」という条件そのものが、必ず不安を引き起こすわけではありません。
そのときの自分の状態や、直前まで何を経験していたかによっても、感じ方は変わるのだと実感しました。
今回の「挫折」は、すべてが無駄になったわけではなかった
今回、私は30分ノンストップの特急に乗ることができませんでした。
これは事実です。
「挑戦したけれど成功した」という記事にはできません。
しかし、だからといって、これまでのトレーニングが無駄になったわけでもありませんでした。
快速急行には乗れました。
以前に成功したロマンスカーにも乗れました。
そして、ロマンスカーの中では、あえて不安を意識しても、時間が経てば落ち着けることを確認できました。
つまり、
一つの挑戦に失敗したことと、これまで積み重ねてきた成功は別の話だったのです。
今回の経験から学んだこと
今回のトレーニングから、私はいくつかのことを学びました。
1.トレーニングの間隔が空くと、不安が戻ることがある
前回から1か月以上空いたことで、以前より不安が強くなっていました。
私の場合、継続して取り組むことの重要性を改めて感じました。
2.乗る前の待ち時間も大きな負荷になる
電車に乗っている時間だけではありません。
ホームで待っている間に、
「もうすぐ乗らなければならない」
と考え続けること自体が、不安を強めることがありました。
3.回避すると、その瞬間は楽になる
今回、これは非常にはっきり分かりました。
特急を見送った瞬間、私は楽になりました。
しかし、その後には自己嫌悪もありました。
だからこそ、回避には「楽になる」という短期的な側面と、その後の気持ちという別の側面があることを、自分自身の経験として理解できました。
4.一度の挫折で、過去の成功が消えるわけではない
30分の特急には乗れませんでした。
それでも、快速急行には乗れました。
そして、ロマンスカーにも乗れました。
一度できなかったからといって、それまでできたことまで「できなくなる」わけではありません。
これが、今回もっとも大きかった気づきです。
「一度できたことは、ちゃんと残っている」
この日の最後に、私は強く感じました。
一度できたことは、ちゃんと自分の中に残っている。
その日の状態によって、できることとできないことは変わるかもしれません。
でも、一度経験した成功まで消えてしまうわけではありません。
だからこそ、今回のような挫折があっても、
「全部振り出しに戻った」
と考える必要はないのだと思いました。
むしろ、
「今回はここまでだった」
と捉えて、できたことを確認する。
そして、また次の機会に挑戦する。
私にとっては、そんな考え方を身につけるきっかけになりました。
認知行動療法は「失敗しないこと」ではなかった
この頃まで、私は認知行動療法のトレーニングを、
「少しずつ課題をクリアしていくもの」
と考えていたところがありました。
もちろん、私の場合は段階を踏んで挑戦することで、実際にできることが増えていきました。
しかし、今回の経験で、それだけではないことに気づきました。
途中でできなくなることもある。
一度回避してしまうこともある。
自信が揺らぐこともある。
それでも、
「そこで終わりにしない」
ことが大切なのだと思いました。
今回、30分の特急には乗れませんでした。
それでも帰りのロマンスカーには乗りました。
この小さな選択によって、私は「全部失敗した」という感覚から抜け出すことができました。
もちろん、これは私自身の体験です。
パニック障害の症状や治療経過、認知行動療法への取り組み方には個人差があります。同じ方法や考え方が、すべての人に当てはまるものではありません。
それでも、私自身の経験としては、
「一度の挫折で、これまでの積み重ねまで失われるわけではない」
ということを、この日に初めて実感しました。
この経験は、その後のトレーニングを続けていくうえでも、私にとって大きな意味を持つことになりました。
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