前回までのトレーニングで、快速急行やロマンスカーといった一定時間の乗車は、安定してこなせるようになってきました。
「次の段階に進める」
そう思える状態でした。
今回のトレーニングメニューは、
新宿から町田までの約30分間ノンストップの特急乗車。
これまでより明らかに一段階上の負荷です。
Contents
少し空いた間隔が、不安を増幅させる
ただ、今回は前回のトレーニングから1ヶ月以上間隔が空いてしまいました。
頭では理解していました。
「間隔が空くと、不安は戻る」
それでも、日常生活の忙しさや体調などを理由に、先延ばしにしてしまっていたのです。
そして迎えた当日。
新宿までは問題なく来ることができました。
しかし、特急券を買うタイミングで、はっきりとした不安が出てきました。
胸の奥がざわつく感覚。
「今日はやめた方がいいのではないか」という思考。
それでも、ここで引き返すと、また一歩後退してしまう。
私は、予定より1本遅い電車の特急券を購入しました。
「少し時間をとって整えよう」と考えたのです。
ホームに立つだけで削られていくエネルギー
一度地上に出て休憩しました。
外の空気に触れ、気を紛らわせようとしました。
街頭演説の声が聞こえてきて、
その内容について考えている間は、不安が少し和らぎました。
しかし、ホームに戻った瞬間、
不安は何事もなかったかのように戻ってきました。
「やっぱり無理かもしれない」
まだ乗る前なのに、
すでに疲労感が出ていました。
乗れる“条件”は揃っていたのに、動けなかった
やがて電車が入線しました。
始発だったため、ドアは開いたまま。
10分以上、乗るチャンスがありました。
条件としては、これ以上ないほど良かったと思います。
・座れる
・すぐ発車しない
・逃げ場もある
それでも——
乗れませんでした。
頭の中では、何度もシミュレーションしていました。
「乗れば落ち着くはず」
「ここで回避したら悪化する」
全部わかっていました。
それでも、身体が動かなかったのです。
“小さな合理化”が回避を正当化する
そのとき、ひとつの考えが浮かびました。
「今日は、すでに成功している区間を復習すればいいのではないか」
一見、合理的な判断です。
しかし、今思えばこれは明確な回避の言い訳でした。
私はそのまま特急を見送り、
快速急行のホームへ向かいました。
回避した直後の“安堵”と“自己嫌悪”
快速急行に乗ると、
不安はまったくありませんでした。
それどころか、
「助かった」という安堵感すらありました。
しかし同時に、強い自己嫌悪がありました。
「逃げた」
「またできなかった」
頭では冷静に分析していました。
「これはよくないパターンだ」と。
それでも、感情はついてきませんでした。
不安ではなく“緊張の抜け”としての感覚
下北沢から新百合ヶ丘の無停車区間。
「長いな」と感じましたが、
それは不安ではありませんでした。
むしろ、
緊張から解放された後の、ぼんやりとした感覚でした。
この違いは、自分の中で興味深いものでした。
それでも、完全には崩れていなかった
帰りはどうするか。
ここでさらに回避を重ねると、
一気に崩れる可能性があります。
私は、新百合ヶ丘から新宿まで、
ロマンスカーに乗ることにしました。
これは、以前クリアした実績のある区間です。
特急券を買うとき、不安はありませんでした。
むしろ、
「座れる」「早く落ち着きたい」という気持ちの方が強かったです。
ホームで待っていると、
入線のアナウンスで一瞬だけ不安が出ました。
しかし今回は違いました。
「さっき乗れなかったからこそ、ここは乗る」
そう決めていました。
“意図的に揺さぶる”という新しい視点
乗車後は安定していました。
座席に座り、しばらくしてから、
あえて自分に問いかけてみました。
「今、逃げられないよ」
すると、不安が出てきました。
すぐにやめました。
数分後、もう一度試してみました。
今度は——
何も起きませんでした。
「別に降りる必要はない」
そう自然に思えたのです。
今回の挫折から学んだこと
今回、初めてはっきりとした“挫折”を経験しました。
しかし、完全な後退ではありませんでした。
むしろ、大きな気づきがありました。
・間隔を空けると、不安は簡単に戻る
・ホームでの待ち時間は不安を増幅させる
・回避は一時的に楽だが、長期的には不利
・ただし、過去の成功体験は消えていない
そして何より重要だったのは、
” 一度できたことは、ちゃんと体に残っている”
という実感でした。
