飛行機を回避してから始まった異変
2019年末の帰省で飛行機を回避して以降、私は再び飛行機に乗れなくなっていました。
もっとも、その直後から新型コロナウイルス流行が始まり、出張や遠距離移動そのものが激減しました。
そのため、表面的には問題が顕在化しづらかったのです。
しかし、心の中では確実に何かが崩れ始めていました。
最初に感じた異変は、「電車」に対する違和感でした。
以前は普通に乗れていた電車なのに、徐々に落ち着かなくなっていったのです。
「駅間時間」を調べずにはいられない
症状が悪化してくると、慣れた経路ですら駅間時間を調べるようになりました。
「次の駅まで何分なのか」
それを知らないまま乗ることが怖かったのです。
普段利用する路線の中で、一番長い駅間時間は約10分。
普通の人にとっては何でもない時間でしょう。
しかし当時の私には、
「10分も閉じ込められる」
という感覚でした。
途中で降りることもできない。
逃げ場がない。
そのイメージだけで息苦しくなりました。
そして私は、駅間時間の短い経路を選ぶようになりました。
多少遠回りでも、途中駅が多い路線を選ぶのです。
その結果、移動時間は2時間半から3時間半へ増加しました。
しかし当時の私にとって重要なのは「総移動時間」ではありませんでした。
心の中を占めていたのは、
「次の駅まで何分か」
だったのです。
回避行動が日常を侵食していく
ところが、回避行動は安心をくれませんでした。
むしろ逆でした。
回避すればするほど、不安は強くなっていったのです。
やがて私は、1駅5分すら苦しく感じるようになりました。
しかし、1駅5分はこれ以上分割できません。
もう「短くする」という回避すら不可能です。
そこで今度は、電車そのものを避けるようになりました。
代わりに利用したのは路線バスです。
1時間に1本しか来ないようなバスを待ちながら、
「自分は何をしているのだろう」
と思うこともありました。
待ち時間も長い。
移動時間も長い。
日常生活はどんどん不自由になっていきました。
20年前、初めてパニック発作を起こした頃の自分に戻ってしまったようでした。
少なくとも、“乗り物”に関しては完全に振り出しに戻っていました。
20年前の自分に戻ってしまった感覚
幸いだったのは、乗車時以外でも気持ちが沈む”うつ状態”には至っていなかったことです。
しかし、このまま生活範囲が縮小し続ければ、それも時間の問題だとも感じていました。
そして何より苦しかったのは、
「一度克服したはずなのに」
という感覚でした。
新幹線のぞみに乗れた。
飛行機で沖縄出張にも行けた。
そこまで回復したはずなのに、なぜまたこうなってしまったのか。
もしまた20年かけて克服したとして、その回復に本当に意味はあるのだろうか。
回復が恒久的なものではなく、条件次第で崩れてしまうのなら、何を信じればいいのか。
そんなことばかり考えていました。
それでも、もう一度やり直すしかない
このままでは日常生活に支障が出る。
そして、うつ状態へ戻ってしまう危険もある。
そう感じた私は、再び認知行動療法に取り組むことを決めました。
正直、気が遠くなる思いでした。
また最初から。
再び各駅停車から。
けれど、ここで諦めれば、本当に生活そのものが崩れてしまう。
だから私は、もう一度トレーニングを始めることにしたのです。
