前回の記事では、帰省先から東京へ戻る際、私は飛行機を避けることを選びました。
それまで、
各駅停車
↓
快速電車
↓
新幹線
↓
飛行機
↓
沖縄出張
と、一つずつ経験を積み重ねてきました。
ところが、一度飛行機を回避したことをきっかけに、私の中で少しずつ変化が起き始めます。
最初に変化を感じたのは、電車でした。
以前は普通に乗っていた電車なのに、駅と駅の間の時間が気になるようになったのです。
「次の駅まで何分あるのか」
それを確認しないと、落ち着いて乗れなくなっていきました。
そして最終的には、
各駅停車にも乗れない
というところまで戻ってしまいました。
飛行機を回避してから、電車にも変化が出てきた
飛行機を避けた直後、私はすぐに電車に乗れなくなったわけではありません。
その頃は、ちょうど新型コロナウイルスの流行が始まり、出張や遠距離の移動そのものが減っていました。
そのため、生活上の問題が表面化するまでには少し時間がかかりました。
しかし、少しずつ以前とは違う感覚が出てきました。
それまで普通に乗っていた電車なのに、
「この電車、大丈夫かな」
と気になるようになったのです。
最初は、それほど大きな問題だとは思っていませんでした。
ところが、気づかないうちに、電車に乗る前の行動が変わっていきました。
「駅間時間」を調べずにはいられなくなった
私が気にするようになったのは、
「次の駅まで何分あるか」
ということでした。
例えば、普段利用していた路線の中で、一番長い駅間時間は約10分でした。
以前なら、10分など特に意識することもありません。
ところが、この頃の私には、
「10分も電車の中にいなければならない」
という感覚になっていました。
途中で降りることができない。
何かあってもすぐには逃げられない。
そんなイメージが頭に浮かびました。
そこで私は、乗車前に駅間時間を調べるようになりました。
「次の駅までは何分か」
「途中で降りられる駅はどこか」
それを確認してから電車に乗るのです。
遠回りしてでも「駅間時間の短いルート」を選んだ
やがて私は、普段とは違う経路を選ぶようになりました。
目的地までの時間が短いルートではなく、
「駅間時間が短いルート」
を選ぶのです。
多少遠回りになっても、途中駅が多い路線を選びました。
その結果、移動時間は、
2時間半から3時間半
に増えてしまいました。
普通に考えれば、1時間も余計にかかるルートです。
それでも当時の私にとっては、移動時間が長いことより、
「次の駅まで何分か」
のほうが重要でした。
この頃から、私の生活は少しずつ変わっていきました。
回避すれば安心できると思っていた
当時の私は、
「駅間時間の短い電車に乗れば大丈夫」
と考えていました。
実際、短い区間なら乗ることができました。
だから、最初は回避によって問題を解決できているように感じていました。
長い区間を避ける。
短い区間を選ぶ。
そうすれば電車に乗れる。
しかし、しばらくすると、それだけでは済まなくなりました。
駅間時間が短いルートを選んでも、以前ほど安心できなくなってきたのです。
「1駅5分」さえ気になるようになった
やがて、
「1駅5分」
という時間まで気になるようになりました。
それまで10分の区間を避けていたのに、今度は5分でも長く感じる。
そして、1駅5分という時間は、それ以上短くすることができません。
「次の駅まで5分」
という条件から逃げることができなくなったのです。
そこで私は、とうとう電車そのものを避けるようになりました。
電車の代わりにバスを使うようになった
電車に乗らなくなった私は、代わりに路線バスを利用するようになりました。
ところが、バスならすべて解決するわけではありません。
1時間に1本しか来ないようなバスを待つこともありました。
待ち時間は長い。
移動時間も長い。
目的地に行くためだけなのに、かなりの時間がかかります。
そんなとき、
「自分は何をしているのだろう」
と思うこともありました。
以前なら普通に電車に乗っていたのです。
それが今では、電車を避けるために遠回りをして、長い時間をかけて移動している。
日常生活が少しずつ不自由になっていました。
「20年前の自分に戻ってしまった」と感じた
この頃、私は強く感じていました。
「20年前の自分に戻ってしまった」
と。
認知行動療法を始めてから、長い時間をかけて積み重ねてきました。
新幹線にも乗れるようになった。
飛行機にも乗れるようになった。
沖縄出張まで経験した。
それなのに、今は電車を避けている。
しかも、以前は普通に乗っていた電車です。
少なくとも、
「乗り物に関しては、完全に振り出しに戻ってしまった」
という感覚がありました。
一番つらかったのは「一度できたのに」という気持ち
もちろん、電車に乗れないこと自体も困りました。
しかし、それ以上につらかったのが、
「一度はできるようになったのに」
という気持ちでした。
新幹線のぞみにも乗れた。
飛行機で札幌にも行った。
沖縄出張にも行った。
それだけの経験を積み重ねたはずなのに、なぜまたこうなったのか。
私は何度も考えました。
「また最初からやり直すのか」
「これを繰り返すのか」
「一度できるようになったことは、いつまでもできるわけではないのか」
そんなことを考えると、これまでの努力そのものが無意味だったように感じることもありました。
「回復はずっと続く」とは限らないのかもしれない
この頃、私は回復についても考えるようになりました。
一度できるようになったことが、ずっとできるとは限らない。
環境が変わったり、生活の状況が変わったり、別の出来事が重なったりすると、以前できていたことが難しくなることもある。
私自身が、実際にそれを経験しました。
ただ、当時はまだ、
「じゃあ、今までの経験には意味がなかったのか」
という疑問を持っていました。
新幹線に乗れたこと。
飛行機に乗れたこと。
沖縄へ行けたこと。
それらはすべて過去のことになってしまったように感じたのです。
それでも、もう一度やり直すしかなかった
しかし、このままでは日常生活そのものがさらに制限されてしまいます。
電車を避ける。
バスに乗る。
遠回りする。
時間がかかる。
行動範囲が狭くなる。
このままでは、以前のような生活に戻ることが難しくなってしまいます。
そこで私は、もう一度、認知行動療法に取り組むことを決めました。
正直に言えば、
「また最初からか……」
という気持ちはありました。
長い時間をかけて、一度はかなり遠くまで進んだのです。
それなのに、
再び各駅停車から。
そう考えると、気が遠くなるような気持ちでした。
それでも「各駅停車から始める」と決めた
それでも、やるしかありません。
一度できたことができなくなったのなら、もう一度、小さなところから始めればいい。
そう考えることにしました。
以前と同じように、
各駅停車から始める。
そこから少しずつ距離を伸ばす。
以前できたことを、もう一度経験していく。
ただし、今回は以前とは少し違います。
私はすでに、
「各駅停車から始めても、いつか飛行機に乗れるところまで進める」
という経験を持っていました。
その経験まで失われたわけではありません。
当時はまだ、そのことを十分に信じることができませんでした。
それでも、
「もう一度やってみよう」
と決めました。
おわりに|もう一度、各駅停車から
認知行動療法を始めた頃、私は各駅停車に乗ることからスタートしました。
そこから、
快速電車
新幹線
飛行機
そして沖縄出張
一度は、そこまで進むことができました。
しかし、その後に飛行機を回避したことで、電車にも乗れなくなりました。
一度できるようになったことが、再び難しくなる。
私自身、その現実を経験しました。
でも、ここで終わりではありません。
むしろ、ここからもう一度始まります。
今度は、
「再び各駅停車に乗れるようになる」
ところからです。
そして私は、再び小さな挑戦を積み重ねていくことになります。
認知行動療法は、一直線に進むものではありませんでした。
前に進むこともあれば、戻ることもある。
それでも、もう一度歩き始めることはできる。
この後の記事では、実際に私がどのようにして各駅停車からトレーニングをやり直したのかを書いていきます。
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