前回の記事で書いたとおり、私は認知行動療法による最初のステップとして、各駅停車の電車に乗るトレーニングを開始しました。
結果は、拍子抜けするほどあっさり成功でした。
もちろん、そこに至るまでの長い年月や、積み重なった回避の記憶を考えれば、「たまたまうまくいっただけではないか」という疑いも頭をよぎります。
それでも、“乗れた”という事実は、確かにそこにありました。
そして次のステップです。
不安階層表で一段階上に設定していたのが、快速電車でした。
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「少し長い」が急に重くなる
各駅停車と快速電車の違いは、単純に言えば「駅間が長い」ことです。
頭では分かっています。
たったそれだけの違いです。
しかし、パニック障害の当事者にとっては、この「少し」が決定的になります。
各駅停車:いつでも降りられる安心感
快速電車:しばらく逃げられない可能性
この差は、数字以上に大きいものです。
とはいえ、ここで止まってしまえば、また元に戻ってしまいます。
それは、これまでの人生で何度も経験してきたことでした。
そのため今回は、間を空けずに挑戦することにしました。
挑戦前の“微妙な抵抗感”
当日です。
体調は悪くありません。
前回の成功体験もあります。
それにもかかわらず、どこか気が重いのです。
「今日は暑いし…」
「ちょっと疲れているし…」
「明日でもいいのでは…」
理由はいくらでも思いつきます。
しかし、それらはすべて「回避」のための言い訳だと、自分でも分かっていました。
むしろ厄介なのは、はっきりした恐怖ではなく、曖昧な抵抗感でした。
怖くて動けないわけではありません。
しかし、前に進む決定打もない。
この状態が、一番危険だと感じました。
バスの中で起きた変化
駅まではバスで向かいました。
乗車してしばらくすると、不思議なことが起きました。
さっきまで感じていたあの重さが、少しずつ薄れていきました。
窓の外をぼんやり見ながら、気づきます。
「…あれ?いけるかもしれない」
完全に不安が消えたわけではありません。
しかし、戦えるレベルにはなっていました。
この感覚は重要でした。
“行動すると不安が軽くなることがある”
頭では理解していましたが、体感としては初めてでした。
ホームでの一瞬の揺らぎ
駅に到着し、ホームへ向かいました。
電車が近づいてきます。
ここで一瞬、心がざわつきました。
「やっぱりやめるか?」
ほんの一瞬の迷いです。
しかし今回は違いました。
その迷いを深追いしませんでした。
考えれば考えるほど、不安は増えると知っていたからです。
とりあえず乗る
ドアが開きました。
深く考えず、乗りました。
これまでの自分であれば、この“とりあえず”ができませんでした。
乗る前に何度もシミュレーションをして、最悪のケースを想像して、結局動けなくなる。
それがいつものパターンでした。
しかし今回は違いました。
乗ることができました。
それだけで十分でした。
乗車直後の“10秒”
乗った直後、少しだけ呼吸が乱れました。
心拍も上がりました。
しかし、それは想定内でした。
「来たな」
そう思えたことが大きかったです。
呼吸法を使いました。
吸って、吐いて。
ほんの10秒ほどで、体の反応は落ち着いていきました。
環境が味方する瞬間
ふと気づきました。
車内が涼しく、座席も空いていました。
座ることができました。
この“快適さ”が、一気に流れを変えました。
「ここにいても大丈夫だ」
そう思うことができました。
この経験から学んだのは、
環境が安心感を後押しすることがあるということでした。
“案ずるより産むがやすし”の実感
復路も無事に乗車できました。
しかも、思っていたよりずっと楽でした。
今回、強く感じたのはこの言葉です。
”案ずるより産むがやすし”
精神論ではなく、実体験として理解できました。
不安は、予測の中で最大化されます。
現実は、それよりずっと小さいことが多いのです。
今回の一歩の意味
各駅停車から快速電車へ。
たったそれだけのステップです。
しかし、自分にとっては大きな前進でした。
そして何より、
・行動すると不安が軽くなることがある
・案ずるより産むがやすし
この2つを、実感として掴むことができました。
