体験記

逃げ場のない場所が怖くなった日|青函トンネルの前で降りた夜

できないことが、またひとつ増えました。

それは、
飛行機・フェリー・青函トンネルの
いずれかを使わなければならない、

「北海道への帰省」でした。

帰省の選択

東京での生活が始まり、

初めてのゴールデンウィーク。

生まれたばかりの子どもを連れて、

札幌の実家へ帰ることにしました。

本来であれば、飛行機一択です。

でも、その時の私は、

もう飛行機に乗ることができませんでした。

北斗星という選択

代わりに選んだのが、寝台特急(当時)でした。

妻に理由をすべて話していたわけではありませんが、

この選択を受け入れてくれました。

上野駅を出発し、

旅は順調に始まりました。

食堂車での食事。

普段とは違う時間。

そのときは、

穏やかに過ごせていたと思います。

個室での違和感

個室に戻ってしばらくして、

ふと、違和感が出てきました。

「少し狭いな」

それだけだったはずが、

次第に、別の感覚に変わっていきました。

閉じ込められているような感覚。

息苦しさ。

落ち着かなさ。

広がる不安

時間が経つにつれて、

その感覚は強くなっていきました。

個室にいられず、通路に出ました。

でも、そこもまた狭い。

じっとしていられず、

車両を行き来しました。

外は真っ暗でした。

それでも、

そこへ逃げ出したいと思っていました。

「降りたい」しか考えられない

その頃にはもう、

考えていることは一つだけでした。

「降りたい」

それ以外は、何も考えられませんでした。

妻に伝えたこと

個室に戻り、

妻に状態を伝えました。

「落ち着かない」

妻は、

「大丈夫だよ」と言ってくれました。

その言葉はありがたかったですが、

自分の中では、もう限界に近い状態でした。

決定的な瞬間

しばらくして、車内放送が流れました。

青森駅に停車後、

青函トンネルに入るという案内でした。

その瞬間、

はっきりと思いました。

「ここで降りられなければ、無理だ」

青森駅で降りた夜

妻に伝えました。

ここで降りたい。

妻はすぐに動いてくれました。

車掌さんに話をして、
深夜2時、乗客の乗降りはできない青森駅で、

特別に降ろしてもらいました。

ホームに立って

深夜の青森駅。

妻は、

まだ小さな子どもを抱いていました。

私はその後ろを、

ただ歩いていました。

申し訳なさと、

どうしようもない感覚だけが残っていました。

その後

そのまま駅を出て、タクシーに乗り、

フェリー乗り場で時間を過ごしました。

その先へ進むこともできず、

レンタカーを借りて東京へ戻ることになりました。

振り返って思うこと

この頃には、

「逃げ場がない場所」そのものが、

怖くなっていたのだと思います。

飛行機だけではなく、

電車も、船も。

できないことが、またひとつ増えました。

ただ、その時は、

それをどうすることもできませんでした。

このあと、

生活の中でできないことはさらに増えていきます。

一方で、

どうにかして日常を続ける方法も

探していくことになります。

その過程についても、

少しずつ書いていこうと思います。

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